シニア起業、現役時代のスキルが通用しなくなる!?

シニア起業

2017年6月5日の日経新聞に「挑むシニア、起業家63万人 金型商社や美容コンサル」という記事で、日本のシニア起業が取り上げられました。

少子化や年金受給開始年齢の引き上げなどが要因となり、日本のシニア起業家が過去10年間の伸び率で見ると、先進国平均を上回わったようですが、シニア起業家の割合そのものは、まだ先進国平均を下回るそうです。

シニア起業というと、長年培ったスキルや人脈を生かして楽しみながらセカンドライフを送るような、優雅なイメージがあります。退職金をもらって金銭的余裕もあり、30~40代のリスクを抱えながらも強い志をもって起業するのとは異なり、比較的起業しやすいようにも感じます。

また、現役世代にとっても、シニア起業は他人事ではないと思います。超高齢化社会に入り、制度的に退職させられた後、収入を得る術として、シニア起業も選択肢の一つとなりえます。

ただ、人工知能の登場により、シニアの方も現役の方も、仕事の在り方に変革が求められています。そういった状況も踏まえた上で、シニア起業について考えてみたいと思います。

なぜシニア起業するのか

定年まで勤めあげれば、貯蓄も退職金もあり、さらに年金も支給される、それなのにどうして起業する必要があるのでしょうか。

中小企業白書を見ると、起業に関心を持ったきっかけは以下のような感じでした。(参考:2017年版「中小企業白書」より)

起業への関心

60歳以上の男女ともに「時間的な余裕ができた」が多いのですが、男性の方は「働き口(収入)を得る必要があった」が2番目、女性では4番目となっています。特に男性については、中小企業白書に以下のコメントが掲載されていました。

60 歳以上の年代は、「時間的な余裕ができた」が最も高くなっており、次いで「働き口(収入)を得る必要があった」の順になっている。さらに、34 歳以下、35~59 歳では最も割合が高かった「周囲の起業家・経営者の影響」の割合は60 歳以上においてはかなり割合が低下している。以上より、60 歳以上の男性は、周囲の起業家や経営者の影響を受けてではなく、定年退職等を機に、収入を得るために次の働き方として起業を選択していると推察される。

同じく中小企業白書には起業準備に着手しない人に対してもアンケートがありました。

起業準備に着手していない理由

この結果から見ると、60歳以上の男女ともに「事業に必要な専門知識、経営に関するノウハウの不足」がトップとなっています。長年会社勤めをしたからといって、自分自身のスキルを事業化するイメージができないようです。また、起業への不安や失敗時のリスク、資金調達方法への心配を理由に起業を踏みとどまる傾向が見られます。

シニア起業をアドバイスするホームページなどでは、それまで培ってきた人脈や経験を生かし、楽しくやりがいがあり、自分の得意分野で事業で起業するといったアドバイスを見かけます(参照:「シニア起業のススメ~楽しみながら“セカンドライフ起業”するコツ」、「シニア起業するにはどうする?経験を元に稼ぐ独立開業38の事例集」等)。

子供たちも独立し、退職金ももらっているので自分たちに金銭的な余裕もでき、これまでのスキルを人々のために楽しみながら役立てるという、大変夢あるセカンドライフを思い浮かべることができますが、現実はどうも違うようです。

シニアの方でも、起業の目的は現役世代と同じです。制度的に会社から追いやられ、それでも生活するための資金が必要、そこで収入を得るために、再就職だったり、自ら起業しようとなると考えられます。

スタート(リタイア)時点で差があるシニア起業

日経の記事で取り上げられているシニア起業の3つの事例を、次の表に大まかにまとめてみました。

企業名 所在地 出身企業
金型商社ケイパブル 京都府京都市 TOWA/丸紅
SEtech 神奈川県藤沢市 東芝
青山プロジェクト・YKA 東京都中央区 花王

記事の内容から読み取れるのは、3社とも、どれも華々しい成功をおさめているということです。まさにシニア起業を目指す方の憧れの成功事例といえるでしょう。

ここで気になるのは、掲載された方々の出身が、すべて上場企業という点です。

日本のすべての会社において、上場企業の占める割合が0.3%しかありません。ということは、単純に計算すると、日経記事で取り上げられたシニア起業の例は全体の0.3%未満の上場企業退職者の例で、大多数を占める中小企業出身のシニアではありません。

上場企業で経験する仕事は、中小企業と比べて、規模も内容も大きく異なります。全世界を市場としている製品のプロジェクトだったり、GoogleやAppleの最新技術と競り合うような技術開発など、資本のある大企業だからできることが会社の業務として行うことができます。

一方、中小企業で、大企業並みの規模感ある仕事を経験できる機会は少ないでしょう。さらに、下請け的業務がメインの中小企業となると、系列の親会社から言われた通りの作業をこなす必要があるため、自らビジネスを生み出そうという意識は生まれにくいかもしれません。

起業するということは、自分が事業を営む立場になるということです。世界の市場を相手に、多くの人や業者を動かしてきた人であれば、起業した時にアイディアとそれを実現するためのリソースを見出すことはできるでしょう。しかし、誰かの指示がなければ動けなかった人が、いきなりトップに立ち、どういった市場でどういったサービスを展開するのか、その事業設計とすべての責任を負うというのは、とてもハードルが高いことです。

さらに、大手と中小企業では退職金の違いもあります。シニア起業においては、定年退職というスタートに立った時点で、すでに差があると言えます。

人工知能の登場により、現役時代の資産を生かせなくなる!?

人工知能の登場により、全ての仕事の在り方が大きく変わっています。

株取引の売買では、人間のレベルをはるかに超えた速度で取引が行われ、運用会社はいかに優れた人工知能を導入できるかに力を注いでいます。人事評価の現場でも、人工知能による評価基準を必ず参照する企業が増えてきました。米国では犯罪者が再犯を冒す確率を人工知能が判断し、司法がそれを参照します。

その結果、人間の働き方そのものも見直しが求められています。ルーティン作業で収入を得ていた人は、確実にロボットに職を奪われます。会計処理なども、プログラムに数値を読み込ませば、人が数日かけて行っていた作業が30分で終わります(しかも正確です)。あなたの顔写真を取れば、どの職種に向いているか、人工知能が一瞬で判断します。

このような時代において、シニアの方が起業するとなると、数十年かけて身に着けたスキルも、人工知能が代替してしまう可能性も高いため、これまでのキャリアとはまったく違う職種に就く可能性もあります。その時、リタイア後でも新しいことを学び、受け入れ、自ら変わるという柔軟性が必要になってきます。

時々、自分はもう60歳を超えたから新しいことなど学びたくないと、言われる方をお見掛けします。また、自分の価値観を曲げず、他の人の意見を受け入れない頑固なシニアの方もいらっしゃいます。

もしかしたら、そういうタイプの方は、シニア起業には向かないのではないでしょうか。起業家は常に学び、変わる柔軟性が必要です。シニアといえども、現役世代と同じような資質が求められるのです。

変わるために必要な「弱い絆」

シニアと呼ばれる年代まで生きていると、「自分はこんな人間」という自己像が出来上がっています。まして、起業するときの仕事のスキルは時代の流れで古臭くなってしまう可能性が高く、独学で起業しても、自己像の枠の中でしか物事を考えるしかできません。

また、あなた自身が変わろうと思っても、周りが許してくれません。長年付き合ってきた友人や会社の同僚、家族などは、あなたがこれまで通りであることを望みます。なぜなら、その人たちは長年にわたり、自身の時間やモノ、時にはお金を、いまのあなたに投資してきたのです。

ではどうすれば良いのでしょう。

超高齢化社会の人生戦略について記したリンダ・グラットンは「LIFE SHIFT(ライフ・シフト)」の中で、「変身資産」という言葉を用い、変身を遂げるためのヒントを以下のように述べています。

視点が変わるきっかけになるのは、それまでよりも広く多様性に富んだ人的ネットワークに触れることだ。アイデンティティは友人関係やその他の人間関係に深く根ざしているので、移行を遂げるときはどうしても交際範囲が変わらざるをえない。具体的には、ロールモデルになり、意気投合できる人物、自分と同様の移行を経験した人物を探すことになる。そうした人物を通じて、新しく踏み出そうとしている世界の流儀を学んでいく。変身は一人ぼっちでは実現できないし、たいていは、昔と同じグループの中でも実現しないのだ。

そして、リンダ・グラットンは社会学者のマーク・グラノヴェッターの研究を参照し、「弱い絆」の重要性を述べています。

しかも、意外なことに、人々は新しい食に関する情報を親しい友だちから聞くことはあまりない。そのような有益な情報は、たいていは友人の友人など、それほど緊密な関係にない知人から寄せられる。社会学者は、前者のような関係をストロングタイズ(強い絆)、後者のような関係をウィークタイズ(弱い絆)と呼んでいる。それにしてもどうしてこんなことが起きるのか?それは、親しい友人グループの面々がもっている情報に重複があるからだ。知っていることがおおむね同じなのだ。それに対し、それほど緊密な関係にない知人は、新しい情報をもっている。

ここでリンダ・グラットンが述べている「新しい情報」は、世の中で発明や発見された新しい情報という意味ではなく、これまで作り上げてきた自分のアイデンティティには存在しなかった情報と捉えることができます。

新しい働き方が求められるようになった時代、自分探しを行っても、時間ばかりすぎるだけです。シニアも現役も変わることが求められる以上、「弱い絆」の場で「新しい情報」と出会えるかが重要と思われます。

どうすれば「弱い絆」は見つかる?

とはいっても、シニア世代が新しいネットワークを見つけるのは、メンタルな面でとても難しいと思います。「年上だから」という年功序列的価値観をもっている方はたくさんいますし、いい年して「はじめまして」からコミュニケーションを始めるのも疲れるだけです。

しかし、起業するとなると、様々なクライアントと接しなければいけません。起業後に出会うクライアントは、10~30歳も年下の現役世代が多いでしょうし、コミュニケーション面でのハードルも感じてしまうでしょう。

では、いったいどうすれば「弱い絆」を見つけられるのでしょうか。

確実な答えではありませんが、今都内では毎日のように小さなセミナーが開催されているので、思い切って参加してみてはいかがでしょうか。おそらくセミナーが狙っている層は現役世代ですが、シニアお断りというわけではないと思いますし、そういった場だと現役が考える「新しい情報」と出会える確立は高いでしょう。さらに、参加者の目的が共通しているので、世代が違うといえど、参加者同士の話題には困らないと思います。

リンダグラットンは次のように述べます。

・・・新しい人的ネットワークに接すれば、新しい価値観、規範、態度、期待に触れられる。それに、そうしたグループのメンバーは、あなたと同じような不安を味わっている可能性が高い。そのような人たちと自分を比べることではじめて、あなたは変身への抵抗を乗り越える「臨界点」に到達できるのだ。

こういった姿勢は、シニアや現役、起業者や起業準備者だけでなく、全ての働く人たちにも求められるようになるはずです。人はなかなか変わることができませんが、自ら進んで「弱い絆」に身を置くことが、「変身資産」の構築に繋がると言えるでしょう。